素直になれなくて

素直さと誠実さの関係

素直であることは誠実であることにも繋がると思う。この場合の素直さとは、自分の気持ちや考えを正直に表現する姿勢や、他人の意見や指摘を受け入れる柔軟さをいう。誠実さは、嘘をつかず真心をもって行動することをいう。
素直な人は、自分を偽らず、良いことも悪いことも正直に向き合おうとするから、自然と誠実な態度がにじみ出る。誠実な人も、たとえ不利な状況だとしても、素直に真実を伝えようとすることが多い。こう考えると、両者は深く繋がっているといえるのでは。

自分に素直になる意味

「自分に素直になる」ってかんたんなようで、結構むずかしい。欲望のままに生きるということではなくて、たとえば、悪いことをしてそれを指摘されたら謝るとか。普通は意地になったりして間違いをなかなか認められないけど、素直になれば、プライドや信念もいらないから、心の底から謝罪の気持ちを持って謝ることができる。たぶん、謝るときって、一番プライドや信念とぶつかる場面だと思う。自分は悪くないかもしれない、負けた気がする、などなどいろんな感情が邪魔をしてくるけど、素直になれば、謝ることってなんと無料なので、極端な話、いくらでも謝れる。いくらでも謝れるってことはひとつひとつの謝罪が相対的に薄まるように感じられるけど、全然そうじゃなくて、ひとつひとつにちっとも嘘もなにもない純然たる素直な謝罪になるから、薄まるとかもない。そうやって適切な場面で謝ることができるようになると、人間関係にも良い影響が出る。自分を大切にすることって、相手を大切にすることにも繋がるから。

素直になるとは自分と向き合うこと

わたしは学生時代にうつ病になってしまって、人よりはうまく生活できない。上流階級を見たらうらやましかったり悔しくなるときもあるっちゃある。でも、自分に素直になったら、良い意味で自分のことしか考えられなくなる。上流階級がうらやましい気持ちってすごく人間らしいものだから、人間として生まれた以上、人間として当然の感情を持っているというわけ。それは全然恥ずかしいことじゃない。で、それを隠したり否定したりせず、「そう思ってしまう自分がいる」と受け入れることこそがまさに素直さそのものである、と思う。受け入れたら、じゃあ自分はどうしたいのか、どうするべきなのか、このままでいいのか、などなど次のステップへ進めるはず。嫉妬心がないという記事を前に書いたが、素直になることで、わたしは嫉妬心を手放せたと思う。

paperbags.tokyo

ついでに個人的関連記事も。
paperbags.tokyo
paperbags.tokyo

どうして他人をうらやむのか

自分が満たされていないから。どういう理由かは人それぞれだけど、自分が満たされていないことに気づくことが素直への第一歩だと思う。うらやましい、なんて他人基準ではなくて、自分には今なにが足りていないのか、と考える。

他人の人生を生きようとしない

異性にモテてるあの人がうらやましい、お金持ちのあいつがむかつく、などなど自分の負の感情の発生源はたくさんあると思う。そういうのは存在していておおいに結構だけど、いきすぎると属性叩きをしかねない。こうだから女はクソだとかね。それは他人に害を与えかねないのでよしたほうがよろしい。負の感情の発散ではなくて、コントロールができるようになるとよい。そのひとつが、今回書いてきた「自分に素直になること」。それは、自分と向き合うこと。他人は関係ない。モテるあの人がうらやましいなら、自分もモテたいと変換する。モテるために必要なことは、まあここでは語りませんがいろいろありますね、清潔感とかね。必要なことをリストアップしていって、じゃあ自分にはなにが足りていないのか、とこういうふうに考えていけば、いつの間にか自分と向き合える素直なモテパーソンという最高存在になっているんじゃないでしょうか。では。